Posted 12月 13, 2019
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トム・ヨークのソロアルバム「ANIMA」。その収録曲「Last I Heard (…He Was Circling The Drain)」のミュージックビデオを言葉で表現するのは簡単ではありません。実際に観て、シュールな映像を感じてもらうのが一番でしょう。Art Camp 社とサアド・ムーサジ氏が監督したこのモノクロビデオは、3D アニメーションとセルアニメーションを組み合わせて作られています。また、 Houdini で完成させたCG映像が多用されています。

ムーサジ氏とテクニカルディレクタ (TD) のジェームズ・バルトロッツィ氏に、クリップの制作過程をお話しいただきました。レンダリングしたフレームを印刷したこと、 Houdini でシュールな群集や炎のエフェクトを作成したこと、あるいは印刷したフレームに描き込んで「手描き感」を演出したことなどを伺いました。

ビデオの裏にあるアイデア

ムーサジ氏はこう話します。「ミュージックビデオのブリーフを理解するには、トム・ヨークが「ANIMA」プロジェクトでリリースした他のクリエイティブコンテンツを観ることです。「ANIMA」はトムの新しいアルバムのタイトルで、「Last I Heard」もそれに収録されています。アルバムに先立って、トム・ヨークとポール・トーマス・アンダーソン監督は「ANIMA」というタイトルの実写のミュージカル短編映画も制作しています。これは Netflix で観られます」

トム・ヨークの「Last I Heard (…He Was Circling The Drain) 」を観る

ムーサジ氏は続けます。「このプロジェクトで、トムは「ANIMA」の世界観をイメージしました。ポール・トーマス・アンダーソン監督の映画は、その世界をビジュアルで表現した初めての作品です。私たちが受け取ったブリーフは、「Last I Heard」のミュージックビデオで、「ANIMA」の世界にもう一つ別の窓を開けようというものでした。ミュージックビデオのエクスペリエンスを形成するコンセプト (アイデア) として、「顔のない人々、闇、無秩序に広がる都会、不安」などが告げられました。加えて、実写ではなくアニメーション作品にする予定であることも、ブリーフの方向性に影響していました」

こうした初期情報に基づいて、チームは語るべきストーリーと世界構築の模索に着手しました。ムーサジ氏は言います。「アイデアをカタチにするまでの過程は、日々変動し、反復と改善の繰り返しでした。世界観の構築とストーリの語り方を並行して探りました。主人公をデザインし、都市の建物の密度を検討し、交通のシミュレーションをテストし、キャラクタの配置をあれこれ試す。都会で途方に暮れている感覚を真に表現しようと、たくさんのコンテンツを作りました。5分のビデオを完成させるまでに、実に4時間以上のアニメーションフッテージをレンダリングしました」

手描き感

ミュージックビデオが目指すルックの重要な要素は「様々なメディアの組み合わせ」でした。ムーサジ氏は言います。「真に包括的なミクスドメディアアニメーションを作るには、メディア同士が意図した形で影響し合わなければならないと考えています」

印刷したフレームにアーティストがディテールを描き込む

「それを実現するために、プロセスのすべての部分において、とてつもなくきめ細かく、手作り感のあるアニメーションを作るのだという気持ちを浸透させました。カメラ、ライティング、建物のスタイル、キャラクタアニメーション、煙、炎、汚れ。あらゆるディテールは、その考えを表現するチャンスだととらえたのです」

例えば、衣服、建物、サーフェスやオブジェクトに3Dで裂け目や汚れを追加し、そのレンダリングを紙に印刷します。その上から2Dで、チャコールやパウダーなどの画材を薄く塗り重ね、「本物の」汚れを加えるわけです。

Houdini のツールセットはとにかく多様です。群衆、Pyro (煙や炎) 、プロシージャルジオメトリ、ボリューム、海、リジッドボディダイナミクス… 試したい機能はいくらでもあります。サアドも私も Entagma などのサイトでチュートリアルを観るのが好きです。ヒントを見つけたり Houdini で使っていなかった機能領域を発見できたりもします。

ムーサジ氏は続けます。「様々な手描きのテクニックに加えて、物理ベースのカメラの動きで、昔の映画のような感じのショットも作りました。目指す空気感、雰囲気をとらえるために、そういったショットの3Dレンダリングには、光を拡散するボリュームフォグを追加しています。その画像を印刷し、紙の上のインクの散乱の度合いを高めるために、チャコールを塗り広げたり、リクイン (油彩メディウム) などの画材を重ねています」

フレームを印刷した上から、鉛筆で手描きする

3D の観点で言えば、古い名画のようであり、未来的でもあるアニメーションのルックを目指しました。「その要となったのが Houdini でした。私たちは Houdini で群衆、炎、鳥のシミュレーションを作成したわけですが、これには観察に基づいたユニークな動きが含まれ、Houdini がなければ不可能でした。そのデジタルのクオリティと、手描きという物理的なアプローチをうまく組み合わせることで、目指していた「古さと新しさ」を併せ持つ作品になったのです。そしてこれこそが、私がいつもアニメーションに求めているものでもあります。アーティストにとって Houdini は、まったく新しいもの、目にしたことがないものを作る可能性を解き放つプログラムだと思います」と、ムーサジ氏は言います。

パイプラインでの Houdini

「Last I Heard」には、複数の要素、複数のルックが必要でした。Houdini のプロシージャルなアプローチと、ソフトウェアの機能を幅広く使ってみたいという欲求が、この作品を可能にしたカギだったと語るのは、バルトロッツィ氏。「 Houdini のツールセットはとにかく多様です。群衆、Pyro (煙と炎) 、プロシージャルジオメトリ、ボリューム、海、リジッドボディダイナミクス……試したい機能はいくらでもあります。サアドも私も、Entagmaなどのサイトでチュートリアルを観るのが好きです。ヒントを見つけたり、 Houdini で使っていなかった機能領域を発見できたりもします」

「カスタム HDA の作成は、このプロジェクトのワークフローの大きい部分を占めています。例えば、FFmpeg や Slack 用の ROP、群衆ジオメトリ処理用の SOP、どのシーンでも使える群衆用の完全なジオメトリネットワークなどです。HDA システムを利用すれば、新しいツールを作るのも、 Houdini ファイル間でネットワークを参照するのも簡単です。また、 Houdini は既存ツールも豊富で、さらに新しく Game Development Toolset も加わりました。このようなツールのおかげで HDA の作成は格段に簡単になり、 Houdini のほかのオペレータと同じような感覚で扱うことができます。これは非常に重要です。というのも、HDA には抽象化レイヤがあり、テクニカルディレクタ (TD) は、ツールをそのままアーティストに渡すことができるからです。UI のプログラミングやコードの移植性について心配する必要はありません。すべて組み込まれています」

中でも、FFmpeg ビデオコンバータと Slack メッセンジャーの HDA はプロジェクトを慎重に進めるうえで大いに役立ちました。バルトロッツィ氏はこう話します。「この両方の ROP ノードをすべてのレンダリングドライバの後に使い、レンダリングをビデオに変換してから Slack のチャンネルにポストして、チームのメンバーがレビューする。Deadline でも同様に、このワークフローを使いました。Pyro シミュレーションの Wedge レンダリングを送信し、結果をすべて Slack にポストしました」

プレイブラストをレビュー用に Slack に送る

「パイプラインにはもう一つ、 Houdini ファイルを多様な OS で扱わなければならないという難題もありました。Art Camp のコンピュータはすべて Windows ですが、私自身のコンピュータは Mac と Linux です。 Houdini の環境変数とパスマッピングの処理により、簡単に Dropbox でファイルを同期し、すべてのコンピュータで同じHDAを実行できました。システムごとに一意の一時ディレクトリと、Dropbox で同期したいディレクトリを変数に設定したわけです」

およそ20ギガバイトものファイルをCinema 4Dに読み込むにはかなり時間がかかります。しかも、これは5分間のビデオの中のたった1フレームです。そこでバルトロッツィ氏は、ファイルサイズを減らすために、群衆エージェントジオメトリにダイナミックLODシステムを採用し、カメラベースのカリングも行いました。

群衆、Pyro、データ管理

ビデオに登場するユニークな群衆のショットは、 Houdini とCinema 4Dで作りました。群衆に関する大きい課題は、 Houdini の群衆をCinema 4D に効率的に読み込む方法を見つけることだったと、バルトロッツィ氏は言います。「 Houdini では、いくつかの最適化を行うことで、群衆の表示とレンダリングを高速かつ簡単に処理できます。残念ながら、パックされた群衆エージェントはジオメトリに変換して、Alembicキャッシュにベイクする必要がありました」

例えば、あるショットの変換後のジオメトリのポリゴン数が2200万あるとします。およそ20ギガバイトものファイルをCinema 4Dに読み込むには、かなり時間がかかります。しかも、これは5分間のビデオの中のたった1フレームです。そこでバルトロッツィ氏は、ファイルサイズを減らすために、群衆エージェントジオメトリにダイナミック LOD システムを採用し、カメラベースのカリングも行いました。「まず、PolyReduceを使って群衆エージェントモデルをプロシージャルに簡素化します。この簡素化したメッシュで新たにエージェントレイヤを作成し、エージェントからカメラまでの距離に応じてレイヤのポストシミュレーションを動的に切り替えることにしました。これらのレイヤは赤と青で示されます。それから、フラスタムと可視性の両方でカリングして、カメラに映らないエージェントを削除しました」

Houdini の群衆ネットワーク

「このワークフローは完全にプロシージャルです。群衆が完全な状態でカメラアニメーションを Houdini で作成し、すべての最適化が済んだ後に Alembic に書き出せます」とバルトロッツィ氏。群衆の最適化で、キャッシュファイルのサイズは1/10まで削減できました。「LODジオメトリのダウンサンプリングもプロシージャルのため、ショットごと、エージェントアセットごとに調整できます。さらに、エージェントレイヤにプロップも含めれば、プロップのジオメトリもダウンサンプリングできます。ライティングに関しては、エージェントのカリングの影響でアニメーションにおかしなジャンプがないようにしなければなりません。フラスタムプルーニングにはパディングパラメータがあり、非表示プルーニングは、速度ベースのタイムサンプリングによって、フレームの許容範囲内でのエージェントの表示・非表示を判断します。また、Mantra やビューポートのようなレンダリング時間の最適化ができない、Redshift などのサードパーティー製レンダラを使用する場合も、このような最適化でレンダリングが大幅に高速化します」

ビデオには Pyro エフェクトも使いました。「どんな作品でも、最も計算負荷が高く、I/O 数の多いエフェクトが Pyro です。VDB シーケンスをディスクにキャッシュする場合はなおさらです。このビデオでは Pyro の役割はそれほど大きくはありませんが、ルックの開発とパイプラインの構築は、乗り越えなければならないハードルでした。OpenCL アクセラレーションから、ビューポートでの驚異的な表示まで、 Houdini の Pyro ツールセットなら、シミュレーションのルックの開発やイテレーションが簡単に行えます。Deadline と Slack メッセージングシステムを活用したことで、多数の Wedge をシミュレーション専用のマシンに送信して実行させておき、群衆の作業を同時並行で進められました」




コメント

  • janerik_a 5 年, 3 ヶ月 前  | 

    Impressive piece of art!

  • fiddybux 5 年, 2 ヶ月 前  | 

    Fascinating read. Thanks for posting.

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