TOUCH
OF COLOUR
Control in the Abstract World
Jakub Špaček
今回 お迎えするのは
Houdini CONNECT のイントロシーケンスを制作した、アーティストの Jakub Špaček 氏です。最初に時計の針を巻き戻し、デジタルの世界に入った頃のお話を聞いていきましょう。舞台はチェコ。Jakub 青年と1台のパソコンから始まる物語です。
どのようなきっかけで 3D の道に進みましたか。
Jakub
いい質問ですね。今や懐かしい思い出です。高校時代にゲームばかりやっていたので、3D や VFX の概念を知ることになった理由のひとつは間違いなくそれです。その頃は兄からの影響を強く受けていました。良い刺激をくれるアイデアマンでした。その兄がある日「やってみたらきっと気に入るよ」と言い残して僕の机の上に Cinema4D の本を置いていってくれたのが 3D グラフィクスに初めて触れるきっかけになりました。物心がついた頃には家中にパソコンがあり、若い頃には 486 と ZX Spectrum もありましたが、私自身が初めて持ったパソコンについては…8GB の RAM とだけ言っておきましょう。あとは古い AMD の GPU ですが、もう思い出せません。
はじめて収入になったのは、どこの会社のどのような仕事でしたか。
Jakub
チェコの玩具ブランド EFKO の仕事です。LEGO の構造と LEGO DUPLO を掛け合わた感じの「Igracci」というよくできた人形の制作会社です。店内掲示用の大型ポスター広告の仕事で、記憶違いでなければ製品パッケージの箱にも使われました。基本的には、馬に乗った小さな騎士のフィギュアがクリスマスグッズや箱に囲まれている、というものです。
渡された何枚かの写真をもとに何から何までゼロからモデリングしました。少なくともそれまで体験したことのない「スケール」だったので大仕事でした。馬の人形が一番難しかったのを覚えています(笑)。
良い仕事ができたと信じたいです。少なくとも当時の自分のレベルにしては上出来でしたが、今見たら笑ってしまうに決まっています。
15歳か16歳の時の仕事ですから。
Houdini との出会いはどのようなものでしたか。
Jakub
最初の頃に見てくれた VFX 部門の上司のひとりが勧めてくれたんです。僕が Cinema 4D用の煙用プラグインである Turbulence FD で苦戦したり、Marvelous Designer でクロスシミュレーションをやろうとしているのを見て「Houdiniなら1つのパッケージで全部できるから勉強してみたら?」と助言してくれました。 調べてみたら、すごいものだとわかりましたが、こんな上級者向けのソフトを勉強しないといけないのかと思うと、大変そうで怖気づきもしました。ただ、ノードベースを理念にしたコンセプトには大きな魅力を感じました。最初のリサーチの後、Steven Knipping の「Applied Houdini」に出会い、そこから本格的に Houdini にのめり込みました。Knipping のことは「師」として崇めています。
ロンドンに渡ろうと思ったのはなぜですか。またロンドンではどのようなことをしましたか。
Jakub
海外で暮らしたいとは常々思っていましたが、プラハにいた学生時代はその機会がありませんでした。通っていた学校がどこもエラスムス・プログラムに参加していなかったんです。僕の夢のひとつは、カナダ(バンクーバー)か、あるいはアメリカで生活して働くことでした。当時 LA に住んでいた良き友の励ましで一歩を踏み出してみようという気になり、2017年の夏に観光ビザを取ってニューヨークとLA、バンクーバーを回りました。滞在中、様々なスタジオや人を訪ねて話を聞かせてもらい、とても親切にしてもらえましたが、具体的な仕事のオファーには至りませんでした。この方法でうまくいくと思った自分が甘かったのですが、現場を訪れることができた経験は励みになりました。ビルに立ち入らせてすらもらえないことも何度かありましたが(笑)
大勢の面白い人たちとの出会いがあったこの旅の後、ロンドンの Territory Studio との面接にこぎつけました。その後、推薦状をもらえたおかげで FutureDeluxe の面接も受けられましたが、あいにくどちらもアーティストは足りており、2017年の8月末に帰国しました。正直、若干気落ちしたものの、ベストを尽くせたことは自分でもわかっていました。その後、ひと月と経たず、FutureDeluxe からフリーランスの案件で声がかかりました。そこで週末に荷造りして出発し、以来4年間ロンドンで働いています。素晴らしい仲間に恵まれ、人としても技術の面でも成長できた、人生で最高の体験です。
特に思い出に残っているプロジェクトを教えてください。
Jakub
FutureDeluxe で担当させてもらった Absolut Vodka ブランドの仕事は、今も気に入っているプロジェクトのひとつです。かなり初期の頃のことで、フリーランサーも含め全員一丸となって取り組むことができました。すばらしい出会いも多く R&D の仕事もたくさん任せてもらえました。Houdini の流体に魅了されたのは、間違いなくこの時です。
逆に、まだチェコにいた時のプロジェクトでは最悪な目に遭いました。映画スタジオのプロジェクトで、最初は楽しく様々な機会にも恵まれましたが1年としないうちに事態が暗転しました。スタジオのオーナーが不動産にプロジェクト資金を横流ししたせいで(僕を含む)従業員への支払いが滞り始めたのです。これはスタジオ経営のとても悪い見本です。
あなたは クライアントワークの他に、個人プロジェクトの制作も続けていらっしゃいます。このことは創作意欲を持ち続けクライアントワークと健全な距離を保つためのひとつの方法ですし、実際、CG のスキルを継続して磨くためにも必要です。現実には疲れたりやる気が出なかったりする時もある中で、どのようにしてモチベーションを維持していますか。
モチベーションを維持する秘訣は何ですか。
Jakub
個人プロジェクトに関してはまったくの同感で、それにすべてがかかっています。少なくとも僕の場合は結局、試行錯誤のためだけの時間が欲しいんです。実のところ、Houdini を使うようになってからというもの、R&D のやりたいことリストは長くなる一方です。つまり、学ぶことで、達成したい目標が増えていく訳です。これまでの個人プロジェクトで、向こう2年ほど手を動かせるくらいアイデアが集まりました。つまり僕にとって最大の秘訣は、好奇心を失わなずにいることです!
ではここで、 Houdini CONNECT シーケンスの 話を聞かせてください。これは Jonas Tegenfeldt 氏 (Hinkstep) とのコラボレーションによる15秒のシーケンスです。このプロジェクトがどのように進んでいったのか、私たちは知っている訳ですが、どのような始まりでどのような工程だったのか、また、絵コンテの作業や Jonas との共同作業などについて、あなたの口から直接お聞かせいただけますか。
コラボレーションの話を聞かせてください。
Jakub
とても楽しかったです。僕を信じて自由にやらせてもらえてモチベーションが高まりましたし、有意義なものを作るチャンスをいただけたと感じました。Jonas と出会ってコラボレーションをする機会にもなりましたしね。彼は優秀なアーティストで、プロジェクト全体の付加価値になる仕事をしてくれるのがわかっていたので安心できました。最初は、リファレンスと昔やった R&D を投げ込んで、何か良い雰囲気のものができないか探るところから始めました。
今回のプロジェクトが Houdini Connect であることを踏まえ、何かと何かを融合したり、混ぜ合わせたり、寄せ集めたりというイメージを強調しようと思ったのですが、構想の段階で SideFX と Houdini のブランディングに通じる要素を加味するとしっくりくるだろうと思うようになりました。
最終的なシミュレーションは非常に重くなることが予測されたので、随所で最適化と効率化が必要でした。そこで簡潔なデザインソリューションを探った結果、シンプルなプリミティブをヒーローシェイプとして使う方法を思いつきました。
普通は重いシミュレーションを使う案は敬遠されがちですが、僕にとっては心底楽しく、特に困難に対する見返りの大きさや、効率的に時間を使わなければならないところが醍醐味です…と言いたいところですが、本音を言えば、シミュレーションは悩むのも仕事のうちですよ (笑)。

マウスで描いたラフスケッチ

同じくマウスによるドローイング

頭の中でイメージができた後、そのシーケンスをどのようにして Houdini で作っていきましたか。構想の次はどのように進めましたか。
Jakub
おっしゃる通り、しばらく頭の中で構想を練りましたが、どの手段を採るかが最大の難関になりました。それが決まったら、どのようなアプローチが良いかが明確になったので、あとはいくつか技法の R&D をして原理を検証するのみでした。僕はワークステーション1台で作業しているので、シミュレーションの質…要は計算するポイントの量をどうするかというところで、ちょうどいい落とし所を探る必要がありました。このセットアップには非常に便利なチートを仕込んであります。
下からファイルをダウンロードできます。
デザイン全体に、マルチフェーズの流体原理を駆使しています。そのため密度や粘度などのプロパティを使って、通常にはないマテリアルの動きという望み通りの効果を作ることができました。メインの技法を FLIP ソルバによる駆動にすることで、できあがったシミュレーション内の至る所で制御を可能にしました。(Redshift で作成した) シェーダへの入力が可能な大量のアトリビュートを用意し、熱放射やモーション変化に伴うサーフェスカラーの混じり合いなどの挙動を駆動しています。主なアイデアのひとつは、ディテールを増やし全体の精度を上げるためにマテリアル内でテクスチャを使うこと。それには、シミュレートしたジオメトリの UV を適切に扱う方法を理解することが重要でした。幸い僕には、それまでのプロジェクトから得た多くの経験がありました。
ダイナミクスの難点にも少し触れておきます。メインの流体シミュレーションの計算には24時間、最終的なサーフェスのキャッシュを取るのには約8時間かかっています。終盤でしくじったり避けては通れない追加変更のせいで、メインのシミュレーションのキャッシュを取り直さなければならなくなった時は、週末まで待たねばなりませんでした。
どのような種類のマテリアルを検討しましたか?
Jakub
大量に検討しました。当初は、金属を混ぜ込んだり温度放射をいじったりことに若干迷いがありました。また、シミュレーションに表面を徐々に覆いつくしていく感じの効果のセットアップを仕込んで、ヒーローシェイプを単一マテリアルで徐々に覆っていく案も考えていましたが、ルックデブの途中でそれではダメだと気づきました。様々な色やマテリアルのプロパティで実験を重ねるうちに次々ときれいなものが出きたからです。
個々のショットやカメラアングルを確認しながら、いくつかの水滴の組み合わせや混ざり方を見ていたら、金属などを使った非相互補間的なマテリアルの組み合わせを試してみたくなったので、それも少しずつシェーダに組み込んでいきました。その試行錯誤が楽しくて止まらなくなり、最終判断を下すのがひどく苦労しましたが、徐々に形になっていきました。
最近行われた FMX でこのプロジェクトのプレゼンテーションをやらせてもらい、このエフェクトの背景にある技法やロジック、目的について解説をしました。何かわからないことがあれば、最後の質疑応答がお役に立つかもしれません。この下から録画映像をご覧になれます。
サウンドデザインのプロセスについて教えてください。
Jakub
Jonas との共同作業は最高でした。彼のおかげでサウンドシーケンスに新鮮な視点が持ち込まれました。シミュレーション内のメインの場面や動きにつける特別な音が欲しくて、アイデアやリファレンスをしつこく送りつけた時も、彼は前向きに受け入れてくれました。最終版の完成目前という時に、Youtube のリンクをリストにして共有したこともあります。そのリストに入れた大量の ASMR 動画は、見ていて楽しいだけでなく、面白い着想源になることも多く、一部の音作りのヒントにもなりました。Jonas も音作りの工程を楽しんでくれていたと信じたいです。
今はどのようなことに取り組んでいますか。
Jakub
今は個人プロジェクトをやっていて(多分 NFT になると思います)、うまくいくと嬉しいです。また、タイミングさえ合えば、次のクライアントワークのオファーを受けたいですが、まずは、休暇を取って旅をしたり、スポーツする時間ももっと確保して、終わりないシミュレーションに向き合う英気を養いたいです。
今後の予定を教えてください。
Jakub
基本的には引き続きフリーランスのキャリアを積んでいくつもりですが、終わりの来ない個人プロジェクトのリストにも取り組みたいです。教材作りもしたいですし、Petreon への登録も考えています。夢のひとつを叶えて自然に囲まれた環境に移り住み、しばらくリモートワークする可能性もあります。先のことはわからないので、バンクーバー暮らしという長年の夢が叶う日だって、いつか来るかもしれません。
ありがとうございました!

プロジェクトファイル (無料)
Jakob 氏による、FLIP を使ったアニメーションシークエンスの制作工程をご覧になりたい方は「ダウンロード」から無料ファイルを取得してください。
セットアップ手順については、FMX のプレゼンテーションをご覧ください。Jakob 氏による詳細な解説をお聞きになれます。

Jakub Špaček
jakubspacek.com @spaczech90
@Spaczech

Jonas Tegenfeldt
hy.page/hinkstep
@hinkstep
Hinkstep Spotify